2023-03-26

ISSUE

004

CATEGORY:
Critique

LOCATION:

「未来のあたりまえ」創出戦略としての研究開発

Text by 西村歩

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2022年11月13日に渋谷パルコにて開催されたサステナブルファッションをめぐるカンファレンス「FASHION FOR THE PLANET」。株式会社ゴールドウインとSynflux株式会社のコラボレーションプロジェクト「SYN-GRID」の発表を記念して開催された本イベントでは、昨今のサステナブルファッションの潮流から、ディープテックの取り組み、惑星規模での未来に向けた議論といった多様な視点からのセッションが展開された。

今回、このイベントを振り返ると同時に、ここで展開された議論をさらに深堀り、補完し、さらなる活動へと繋げるためのクリティーク集「FASHION FOR THE PLANET EXTENDED」をお届けする。イベントでの議論をもとに、若手の研究者や活動家たちは何を受け止め、考えたのか。さらなる展開へと期待が高まるテクストを、お楽しみいただきたい。

今回は組織におけるディープテックによる研究開発、商品化や大学との連携、企業間コラボレーションを議題としたセッション、「BUILDING TECHNOLOGY FOR SUSTAINABILITY:サステナブルファッションと開発、実装、経営」に対して、実践研究方法論を専門とし、民間企業におけるナレッジマネジメントに関する研究活動にも従事する西村歩さんの批評を寄せていただいた。

※イベントのアーカイヴはこちらからご覧いただけます。


Session 2 「BUILDING TECHNOLOGY FOR SUSTAINABILITY/サステナブルファッションと開発、実装、経営」
大坪岳人(株式会社ゴールドウイン・ニュートラルワークス事業部長)+東憲児(Spiber株式会社 Business Development & Sustainability 部門長 兼 執行役員)+川崎和也(Synflux株式会社 代表取締役CEO)


山形県鶴岡市の庄内平野に、数棟にもわたる現代的なコンクリート状の施設が建っている。「鶴岡サイエンスパーク」と呼ばれるこの施設群には、2001年に設立された慶應義塾大学先端生命科学研究所(先端研)の他に、後述するSpiber株式会社(以下Spiber)などの数多くのバイオベンチャーも入棟している(冨田 2019)。それらのバイオベンチャーは、主に先端研出身者で構成されていることが多く、大学との協働によって蓄積された基礎技術や人的関係性を基に、世に革新的なサービス/プロダクトを輩出しつづけている。

筆者が初めて鶴岡を訪れた当時は慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)に所属する大学院生であったが、大学と企業による共同研究を通じて創出された知見が、ここまでシームレスにビジネスに接続し、かつてない新産業が創出されていくダイナミズムに感動を憶えた。そして筆者は現在、ファシリテーションコンサルティングファームである株式会社MIMIGURIにて「企業における知識創造」に関する研究に取り組んでいるが、その研究に取り組むきっかけの一つとなったのが、このように大学院時代に鶴岡サイエンスパークを見学したことであった。


Spiberは「未来のあたりまえ」を創り出していた。

「鶴岡サイエンスパーク」で行われている幾多の研究開発は、いずれも未来社会への「処方箋」となりうる潜在能力を感じさせるものが多い。それはたとえ今の社会において喫緊の必要性がなかったとしても、確実にそれらの研究成果は「未来のあたりまえ」として今後の「豊かさ」の下支えとなりうるものと感じさせた。

中でも「持続可能なウェルビーイングへの貢献」をミッションに掲げるSpiberは、枯渇資源を頼り続けているアパレル・ファッション産業の非持続性に対する危機感から、環境負荷の少ない次世代素材の研究開発が行われている(川崎ら 2019)。設立当初から「人工的なクモ糸」をはじめとする構造タンパク質の研究に力を注ぎ、Spiberのホームページに掲載されたものだけでも16報もの学術論文が掲載されている(2023年1月27日現在)。さらに豊富な基礎研究知見を土台に、植物由来の合成タンパク質である「ブリュード・プロテイン」を開発。そしてスポーツアパレルメーカーのGOLDWINと協働で、世界初の構造タンパク質を用いたジャケットである「MOON PARKA」を商品化し、2019年にローンチに至っている。「持続可能」な未来社会を志した研究開発への注力が、他社の追随を許さない独自技術を育み、次代のユニコーンとも呼ばれる経済的価値が生み出されているといえよう。

ブリュード・プロテインの可能性とファッションブランドとの協業について語る、Spiber株式会社 執行役員 東憲児氏



イノベーションの源泉は研究開発にある

伝統的に企業における研究開発は、企業のイノベーション創出機能の一翼を担ってきた。そもそも高度成長期より、日本企業におけるイノベーションとは、「技術革新」と読み替えられてきた歴史があり(藤田 2017)、また他企業が保有していない技術を開発することが市場優位性に直結すると考えられてきた。

国内における企業の研究開発の草分けとしては大倉酒造(現代でいう月桂冠)が挙げられる。大正時代は防腐剤を入れなければ日本酒の保存は難しかったものの、防腐剤を入れずとも日本酒を保存できる瓶詰め技術の研究によって、一気に大倉酒造は全国に名が行き渡る日本酒メーカーとなった(月桂冠 2014、石田 2019、西村 2022)。大倉酒造が開発した防腐技術は、現在の月桂冠だけに留まらず、日本酒を瓶詰めで提供していく文化の下支えとなっているといえる。また東芝では1970年代から80年代にかけて「かな漢字変換」の基礎研究を行った。その成果をもとに、日本語ワードプロセッサ(ワープロ)の製品化を行い、大ヒットを遂げたことも、国内のR&D(Research&Development)における歴史的イノベーションの例として知られている(土井 2011)。今でこそ「ワープロ」が使われる時代は過ぎ去ってはいるが、当時の東芝の「かな漢字変換」の研究は、現代のパソコン等における日本語入力方法にも規格的に応用されている。

しかし現代における研究開発とは、投資に対する効果(ROI)が高い確率で得られず、もっぱら開発された基礎技術が直ちに経済的価値を生むわけではないので「ハイリスクハイリターン」と捉えられることも多い(西村 2022)。ましてや学術研究として注目を集めることと、ビジネスにおける利益獲得とは異なる論理が働き、学術的成果と事業的成果が一対一で対応する訳ではないという構造的な難しさが内在している。そうした時代の中でいかに企業は、学術的貢献とビジネスにおける利益獲得の両立を果たしていくかが課題である。


現代の研究開発は、企業越境的なプロジェクトとして

そうした中、2022年11月13日に開催されたFASHION FOR THE PLANET by Synflx+GOLDWINにおける第二セッション「サステナブルファッションと開発、実装、経営」では、GOLDWINの大坪岳人氏とSpiberの東憲児氏、そして株式会社Synfluxの川崎和也氏が登壇し、企業内における研究開発をどのように実行するか、またアパレル・ファッションでの研究成果の商業化について実際のプロジェクトをもととした議論が展開された。GOLDWINは、前述のSpiberと共に「MOON PARKA」や「The Sweater」を、衣服の3Dデータをコンピューターのアルゴリズムが高精細に解析するデザインシステム、Algorithmic Coutureを独自開発したSynfluxとは「SYN-GRID」を立ち上げた関係にある。

このトークイベントにおける注目すべき論点としては、研究開発に注力する前述のSpiberやSynfluxに対し、GOLDWINが研究開発から商品化までのプロジェクト一連をファシリテートする関係性が築かれていた点であった。Spiberの東氏は、「イノベーションを起こしていくスタートアップにとって最初にビジネスをまわしていく世界に移行していく段階において、GOLDWINのような導いてくれるパートナーが存在することは心強かった」と語っており、またGOLDWINの大坪氏は「それぞれ違う会社だけれども、チームを組んで一つのアクションできることは大変だけれども強みだと思う」と振り返っている。

スタートアップとの共同研究開発の意義を語る、株式会社ゴールドウイン ニュートラルワークス事業部長 大坪岳人氏




中長期的に研究成果をビジネス化できるパートナーを見つける難しさ

もちろん異なる企業間で研究開発プロジェクトを構成することは途方もない難しさがある。GOLDWINにとって、SynfluxやSpiberなどによる基礎研究の成果を活用することによって明確な経済的便益がフィードバックされるとは保証されない。研究ではうまくいったことが、実用化段階では急にうまくいかないこともある。「リスク」は常に脳裏によぎる。だが「環境負荷を減らしたファッションの未来はどういうものか」といった好奇心を刺激するような問いの存在が、研究開発主体であるSynfluxやSpiberと、メーカーであるGOLDWINに共有化され、一つの「チーム」として結びあわせる。そしてイベントでも語られたように「毎日扉を開け続ける」ような困難性に直面しながらも、それでも漸進的に獲得されていく知的探索の成果を蓄えていくことで、今後「あたりまえ」となっているであろう未来のファッション産業の可能態に到達しようとする推進力を生み出している。

今も昔も企業における研究開発シーズがイノベーションの種にはなり続けているが、その方法論は変化し続けているように感じられる。つまり大倉酒造や東芝のように一社のみで基礎研究から製品化まで一気通貫で進めてきたかつての「中央研究所」方式の研究開発モデルが変容し、現代ではSynfluxやSpiberなどの研究開発に強みを持つ知的企業とビジネスプロデューサーとしてのGOLDWINが相互の「強み」をもとに、同じパーパスに向けて連携しあう新たな研究開発および製品化のプロセスが見られるようになっていった。

しかしこのような協働的な研究開発方法には多くの運営上の難しさを孕む。最大の難しさはGOLDWINのような「研究開発とは中長期的で確実な成果が得られるわけではないリスクを孕むもの」という特性を承知しながら、それでも未来をデザインできる可能性を信じて製品化に至る過程を先導できるパートナーを発見することではないだろうか。大学発ベンチャーを含めて高度な研究開発力・技術力を保有しながらも、それでも日の目を浴びない企業は中々に多い。そこでいかに製品化に向けてフックアップできるかも今後の研究開発をめぐる産業上の課題といえよう。


企業での研究が盛んになると研究者のキャリアが多元化する

また企業による研究開発を産業全体で促進していく上では、SpiberやSynfluxはもちろん、筆者の所属するMIMIGURIもであるが、研究開発人材が産業界に進出できる多元的なキャリアルートを一般化させることも課題である。SpiberもSynfluxも慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)での研究を基に立ち上がった大学発ベンチャーで、かつSpiberに限ってはオフィスが「鶴岡サイエンスパーク」にあり、慶應義塾大学の先端研に隣接しているように、今もなお大学と学知や技術と連携しあう交流関係が築かれている。その上でSpiberもSynfluxも、研究活動を通して築かれた社会関係資本をもとに、各大学・各企業の研究者が参画していくケースも見られている。

大学での研究活動に取り組む道は重要であるが、慶應義塾の創設者である福澤諭吉が「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」と題する演説の中で、学問を収めた者に対して実業家(社会生活に公益をもたらす商業者)の道を歩むことを推奨したように、学問を修めた者にこそ、大学だけでなく産業界での研究開発に取り組む道も用意されていることが重要である。すなわち、研究者が自らの研究価値を発揮できる環境に身を置けるような、産学の人材の流動性やキャリアの多元性が図られていくことが要請される。

そのためには研究=大学、ビジネス=企業という二元論に終始するのではなく、また研究開発が企業の利益創出のための一機能として矮小化されるのではなく、企業というコンテキストだからこそ実現された研究が論文化され、「学知の蓄積」にも貢献できる状況をつくりだすことが重要である。

GOLDWINとSynfluxがコラボレーションしたプロジェクト「SYN-GRID」



「便利さ」の限界に直面する研究開発は今何を目指すべきか

「企業による研究開発」について他にも考えるべき論点がある。確かに元々日本は企業および大学の高度な研究開発力を土台として便利化が進み、国民の便利さや生活水準が向上してきた歴史がある(例えば西村 2022、村松 2016, 2017などでは詳しい歴史的経緯のレビューが行われている)。一方「便利さ」が豊かさに直結してきた経済成長期とは異なり、従来型の経済の量的進歩が「薬」にも「毒」にもなることが確認され、現在では環境問題や公害問題など、毒としての側面が注目されている(佐倉 2013)。経済成長のニーズから「便利さ」一辺倒に向かってきた研究開発への反省を踏まえ、「豊かさ」の質的変化が求められる現代において研究開発とは一体何を目指すものであるべきかについては議論の余地が残されている。しかし今回のトークセッションは、企業における研究開発の望ましいあり方の一つのプロトタイプが示された場のように感じられるのである。

参考文献

  • 冨田勝(2019):鶴岡サイエンスパークの創造と地方創生、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科、博士論文
  • 川崎和也、ライラ・カセム(他)(2019):SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて、ビー・エヌ・エヌ新社
  • Spiber株式会社:Academic Papers,https://spiber.inc/academic-papers/
  • 藤田哲雄(2017):主要国のビジネスイノベーションのトレンド─イノベーションモデルの変遷と近年のR&D支出の動向─,JRIレビュー Vol.3,No.42.
  • 月桂冠株式会社(2014): 品質第一主義~月桂冠・大倉酒造研究所物語~(前半:品質向上篇), https://www.gekkeikan.co.jp/RD/outline/
  • 石田博樹(2019):創業 380 年超,月桂冠の酒造りと知的財産,月刊パテント,Vol.72, No.7,pp.35-45
  • 土井美和子(2011):日本語ワープロが製品化されるまで,通信ソサイエティマガジン No.16[春号].
  • 西村歩(2022)企業内研究を紐解く過去・現在・未来 ―MIMIGURIで「新しい研究組織」をデザインする,ayatori,https://mimiguri.co.jp/ayatori/column/nishimura_c001/
  • 村松洋(2016): 明治前期における「研究」概念の変容と「研究所」の成立過程, 技術と文明, 20巻1号, pp.1-19,2016
  • 村松洋(2017): 明治後期における「研究所」の展開と「研究」概念-伝染病研究所の設立から帝国理学研究所構想へ-, 技術と文明 別号(電子版), 21巻, p.1-14,
  • 佐倉統(2013): 「便利」は人を不幸にする, 新潮文庫

西村歩

株式会社MIMIGURI 研究開発本部所属。東京大学大学院情報学環客員研究員。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。修士(政策・メディア)。専門は実践研究方法論。現在は民間企業におけるナレッジマネジメントに関する研究活動に従事している。電子情報通信学会HCGシンポジウム2020にて「学生優秀インタラクティブ発表賞」、電子情報通信学会メディアエクスペリエンス・バーチャル環境基礎研究会にて「MVE賞」を受賞。
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